『似ているけど、まったく違うよ!』
「1名配置の宿直業務の求人」でよく見かけるようになった「1ヶ月単位の変形労働時間制」。
「断続的労働の適用除外許可」とどう違うのか?
読者から質問があったので取り上げることに。
結論を先に言っておこう。
変形労働時間制は適用除外許可に比べ
・手続きが簡単(就業規則への明記または労使協定の届出)
・監督署の実地調査なし
・労働内容について制限なし(労働時間,労働内容,労働環境)
・「基準法の労働時間制限を外す」効果は同じ。
しかし、賃金は「殆ど安くならない」。
この「殆ど安くならない賃金」が実際には安くなっている場合がある。
変形労働時間制で雇われている警備員は自分の日当を計算してみよう。
「差額がボーナス程度以上になる」かもしれない。
●宿直業務と基準法の労働時間制限
●「手続き不要,審査なし,賃金をどれだけでも安くできる」がリスクの高い方法
●宿直業務には「ちょっとハテナ?」の変形労働時間制
●手続きがややこしいけど「真っ白」な方法
1.宿直業務と基準法の労働時間制限
a.警備員の宿直業務とは
警備員の宿直業務とは
事業所,病院,介護施設,ショッピングセンター,公務所などで、
職員不在の夜間や休日にその施設に泊まり込んで、
施設内巡回,電話・来訪者対応,出入管理,緊急時の対応を行う業務。
機械警備が普及したが、「来訪者・電話対応,緊急時の対応」など「人の判断」が必要な場面が多く、まだまだ「人による」宿直警備は健在である。
※機械警備
セコム,ALSOKなど設備内のセンサーが異状を感知したときに外部から警備員が駆けつけて対応する警備方式
大きな施設では多人数で巡回,出入管理などの業務を分担し、休憩や仮眠も交代で取る。
しかし、小さい施設では「1名配置(1ポスト)」が一般的。
現在、当方の受注している宿直業務も「1名配置」である。
宿直業務の拘束時間は12時間,16時間,24時間の3種類。(厚労省の断続的労働の分類)
しかし、「1名配置」の場合は16時間と24時間の2種類がほとんど。
平日は17時~翌8時30分の15.5時間(16勤務)、土日・祭日は8時30分~翌8時30分の24時間(24勤務)。
本稿ではこの「1名配置の16勤務と24勤務」を例にとって説明する。
b.基準法の労働時間の制限
●基準法では労働時間に制限が課せられている。
・労働時間は8時間/日,40時間/週(労基法32条)
・労働時間の途中に「45分/6時間超え・60分/8時間超え」の休憩(労基法34条)
・これに反する労働契約は無効。契約は労基法の基準に引き上げられる(労基法13条)
・この時間制限に違反した使用者は「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」(労基法119条)
●1名配置の場合は「休憩が存在しない」。
夜の11時~朝の6時まで「たっぷり寝られても」それは休憩ではなく労働。
1年のうちに火災報知器発報や緊急事態発生で仮眠中に起こされることが1度もなくても労働。
それが起こる可能性がゼロではなく、それが起これば対応しなければならないからである。
『休憩時間は1時間。好きなときに自由に取ってネ。
休憩のときに電話や来訪者があればその分をずらせればよいから。』
こんな「子供だまし」は通用しない。
いつ電話がかかるか、いつ来訪者があるか、いつ火災報知器が鳴るか分からないからである。
休憩というのは「完全に仕事から解放される場合」でなければならない。
1名配置の場合は
勤務時間中は常に待機していなければならず、「完全に仕事から開放される時間」はない。
そのため拘束時間が全て労働時間となる。
これは「変形労働時間制」や「断続的労働の適用除外許可を受けた場合」でも同じ。
1名配置の場合に仮眠時間や休憩時間を労働時間から除外されていれば、
労働者は「その時間の賃金を請求できる」(5年分)。
それだけでなく、使用者は最低賃金法違反で処罰される。
●1名配置の宿直業務は6時間を超えたら基準法に反する
「1名配置の宿直業務では休憩が存在せず拘束時間の全てが労働時間となる」。
だから、
・業務開始後6時を超えたら休憩時間(労基法34条)に違反し、
・8時間を超えたら労働時間の制限(労基法32条)違反となる。
使用者には6カ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金(労基法119条)が課せられる。
c.基準法の時間制限を回避する方法
『そんなメチャクチャな。それでは1名配置の宿直業務なんかやらせられないじゃない!』
『いやいや、6時間ごとに労働者が交代すれば基準法に違反しませんよ。』
『ええ~っ。16時間勤務を「6時間+5時間+5時間」の3人でつなげるの?
24時間勤務なら「6時間+6時間+6時間+6時間」の4人でつなげるの?』
『それなら基準法の休憩時間(労基法34条)に違反しませんからね。』
『そんな宿直業務なんか聞いたことがない!
あちらの守衛さん、こちらの宿直警備員さんは一人でやっていますよ!』
『もちろん、それを回避する方法がありますからネ。』
その方法は三つ。
①「手続き不要,審査なし、しかも賃金をどれだけでも安くできる」がリスクの高い方法
②手続きが簡単でリスクはないが賃金を安くできない方法
③手続きが面倒で労働内容に制限があるがリスクがなくて賃金を安くできる方法
①が無許可違法労働
②が変形労働時間制
③が断続的労働の適用除外許可+最低賃金の減額特例許可
これを説明していこう。
以下では次のような「一般的宿直業務」を例にとる。
・1名配置
・平日が17時~翌8時30分の15.5時間勤務(16勤務)
・土日・祝日が8時30分~翌8時30分の24時間勤務(24勤務)。
・仮眠は23時~翌6時の7時間(まず起こされることはない)。
・休憩や仮眠時に交代は来ない。
・業務は施設内巡回,施設の施錠・開錠,時間外の電話・来訪者対応,緊急対応。
・深夜(22時~翌5時)賃金は25%増し。
・8時間超え賃金25%増し。
・最低賃金は1050円。

『大丈夫!みんなやっているから…。』
2.「手続き不要,審査なし,賃金をどれだけでも安くできる」方法
まずは一番簡単で一番賃金を安くできる方法。
警備業界にまだ生き残っている「無許可違法労働」である。
当然のことながら「リスクが高い」。
a.今でも生きている
●面接者は次のように説明する
〇平日日当
・平日の拘束時間は17時~翌8時の15.5時間。
・23時~翌6時の仮眠時間7時間は労働時間ではないから差し引き。
・休憩は1時間。これは自分の好きなときに。
・労働時間は「15.5時間-7時間-1時間=7.5時間」。
・22時~23時の1時間は深夜労働で25%割増。
・平日日当=最低賃金1050円 × (7.5時間+1時間 × 0.25)=8137.5円→8140円
〇土日・祝日日当
・土日・祝日の拘束時間は8時30分~翌8時30分の24時間。
・23時~翌6時の仮眠時間7時間は労働時間ではないから差し引き。
・休憩は朝,昼,晩に1時間ずつ3回。これは自分の好きなときに。
・労働時間は「24時間-仮眠7時間-休憩1時間 × 3回=14時間」。
・労働時間が14時間で8時間を超えるから、超えた6時間は残業として25%割増。
・22時~23時の1時間は深夜労働で25%割増。
・土日・祝日日当=最低賃金1050円 × (14時間+6時間 × 0.25+1時間 × 0.25)
=最低賃金1050円 × 15.75時間=16537.5円→16600円
20年くらい前に流行った説明(やり方)である。
私も警備会社に所属しているときはこのように説明したことがある。
警備員もこれで納得するし、自分自身もこれが合法で正しいと思っていた。
もちろんこれは「真っ赤な嘘」。
労働基準法にも最低賃金法にも違反している。
最近、「このような労働条件で今まで働いていた」という求職者を面接した。
なんと、今でもしっかりと生きているらしい。
なお、このように「細かいウソの賃金説明」をしない警備業者もいる。
『楽な仕事だよ!
電話なんかほとんどかからない。来訪者なんか来ない。
2~3回巡回すれば、エアコンの効いた警備室に居るだけ。
TVは見放題、飲食は自由。夜は充分に寝られる。
拘束時間は長いけど交通誘導に比べたら天国だよ。
交通誘導の日当が8000円だから、平日の16勤務で6000円、土日・祝日の24勤務で10000円だね。
いやならいいんだよ。やりたい者は他にどれだけでもいるのだから。』
「需要と供給が合えば」賃金はどれだけでも安くできるのだ。
●「1名配置に休憩は存在しない」から違法労働
もう、気づいただろう。
「1名配置に休憩は存在しない」から「仮眠時間も休憩時間も労働時間」。
だから、「仮眠時間の7時間や休憩時間を労働時間から削ること」はできない。
平日の15.5時間、土日・祝日の24時間全てが労働時間となる。
つまり、使用者は基準法の労働時間制限(労基法34条,労基法32条)に違反し、
6カ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金(労基法119条)に処せられる。
最低賃金法違反で(最賃法4条2項)30万円以下の罰金。
※地域別最低賃金法に関しては50万円以下の罰金(最賃法40条)
※特定最低賃金に関しては,「労基法24条違反」として30万円以下の罰金(労基法120条)
しかし、この程度で使用者が罰せられることはない。
監督署は「犯罪を摘発する警察や検察」とは違うからだ。
監督署の目指すのは「労働者の保護」で違法労働を行わせる使用者を制裁することではない。
違法労働状態が解消され労働者に適正賃金が支払われればそれでよい。
そもそも、使用者を違法労働で処罰し刑務所に入れてしまったらその事業所は潰れてしまう。
事業所が潰れてしまったら、その労働者は働く場所を失って生活できなくなる。
悪徳雇用者は刑法犯罪者と違って「それなりの社会的価値」があるのだろう。
監督署が行うのは「使用者に適正賃金を支払うよう勧告」すること。
監督署の勧告に強制力はない。
『あとは、使用者と労働者で話し合って、差額をいくらにするか決めてください。』
なんと「もどかしい」ことか!
使用者が違法労働をさせても「監督署に見つからなければ問題なし」。
監督署に見つかっても「処罰なし」で「適正賃金との差額を支払えば」無罪放免。
その差額も「労働者と話し合って決める」。
だいたいが「何十分の1」の和解金。
これでは、違法労働は「やった者勝ち」。
だから、違法労働が世の中にはびこってしまう。
それはともかく、この場合に労働者が請求できる賃金を計算してみよう。
b.労働者が請求できる適正賃金
●適正賃金
〇平日日当
・平日の拘束時間は17時~翌8時の15.5時間。
・1名配置に休憩は存在しないから15.5時間全てが労働時間。
・22時~翌5時の7時間は深夜労働で25%割増。
・労働時間8時間を超えた7.5時間は残業として25%割増。
・平日日当=最低賃金1050円 × (15.5時間+7時間 × 0.25+7.5時間 × 0.25)
=1050円 × 19.125時間=20081.25円≒20082円
〇土日・祝日日当
・土日・祝日の拘束時間は8時30分~翌8時30分の24時間。
・1名配置に休憩は存在しないから24時間全てが労働時間。
・22時~翌5時の7時間は深夜労働で25%割増。
・労働時間8時間を超えた16時間は残業として25%割増。
・土日・祝日日当=最低賃金1050円 × (24時間+7時間 × 0.25+16時間 × 0.25)
=1050円 × 29.75時間=31237.5円≒31238円
●請求できる差額
・平日日当の差額=20082円-8140円=11942円
・休日日当の差額=31238円-16600円=14638円
賃金の支払い請求の時効は5年(当分の間は3年)だから(労基法115条)、請求できるのは5年分(当分の間は3年分)。
もちろん、これは裁判を起こした場合。
通常は「話し合いで和解金」。
10万円程度の「雀の涙」。
そして、あとは「干されて」辞めさせられる。
次の警備会社に面接にいっても「前職照会」で採用されない。
「有休の”ゆ”を口にしたらクビにする」警備業界で監督署に駆け込んだ労働者など雇うはずがない。
使用者の違法労働や違法賃金を問題にするのなら「警備員として働く」ことは諦めよう。
裁判をして5年分の差額賃金を支払わせ、検察庁に刑事告訴して使用者を刑務所にたたき込む。
そして、自分で警備業を開業する。
ここまでの覚悟がないのなら違法労働を問題にしないことだ。

「そろそろ捕まえようかな…。」
c.「リスクが高い」とは?
『あのう…質問なんですが…。』
『はい、どうぞ。』
『このやり方って、違法なんですよネェ?』
『そうですよ。グレーではなく真っ黒けの違法労働ですよ。』
『でも、それが監督署に見つかっても罰せられることはないし、
労働者と話し合って和解金を支払えばそれで無罪放免なんですよネェ?』
『労働者が「違法労働として監督署に申告した場合」はそうなりますね。
通常は、「労働者が違法労働と知らない」から監督署に申告することはないでしょうネ。』
『それなら「リスクが高い」どころか「リスクなし」じゃないですか!』
『まあ、通常は「リスクなし」ですね。
そもそも、労働者が違法労働だと知っても監督署に駆け込むことはしないでしょう。
そんなことをしたら「警備業界で警備員として生きていくことができない」と知っていますからね。
しかし、「刺し違え覚悟の警備員」だったら別ですよ。
監督署を飛び越して検察庁に刑事告訴(刑訴241条)しますからね。
また「警備業界の違法労働を非とする誰か」が検察庁へ刑事告発(刑訴239条)することも。
そして「SNS拡散」もありますね。
そうなれば「おとなしい監督署」も動かざるを得ない。
いつものように「なんとか話し合いで…」とは言えない。
どうしても基準法違反を問題としなければならない。
「基準法違反で送検」となったら警備業者を監督する公安委員会も動かざるを得ない。
自分の監督責任を問われるから。
臨時立ち入りで「重箱の隅つつき」。
小さい教育懈怠や備付け書面の不備で指示処分、悪くすれば認定取消。
SNS拡散でマスコミが取り上げれば公正取引委員会も? → ※津市業務調達と独占禁止法違反
あちらこちらの行政機関が動き出せば発注者も動かざるを得ない。
「公契約から違法労働を排除する」という公契約条例。
実際は「違法労働は受注者の責任で発注者は関知しません」と違法労働を黙認。
そうしなければ落札価格が高くなるから。
そんな地方公共団体も動かざるを得ない。
公契約上の自分の責任を問われるから。
そして、契約解除に損害賠償、指名停止。
※津市公契約条例は責任逃れ、「最低落札価格なし」で違法労働状態
※津市公契約条例は責任逃れ2- 予定価格では違法労働
※津市長 前葉泰幸氏への公開質問
大企業なら「国連のビジネスと人権に関する指導原則」。
受注者の違法行為は発注者の責任になる。
その違法行為によって利益を得ているから。
世間の目を気にして契約解除や出入禁止。
※「国連のビジネスと人権に関する指導原則」に逆行する津市
今まで『まあ、ほどほどに…。』と黙認していたのに手の平を返して違法労働追求。
『悪いのは違法労働をさせていたこの警備業者です。私も被害者です!』
誰でも「自分がかわいい」。
しかし、もっと怖いのは労働者。
適正賃金との差額をきっちり5年間。
一人何百万円にも。
民事訴訟を起こせば労働者側の100%勝利。
弁護士費用なんか1割程度。
小さい警備業者ならあっという間に潰れてしまう。
※宿直警備員の適正賃金差額請求 「あなたも 800万円?」
これが「リスクが高い」という意味なのです。』
『無免許運転は「試験なし、適性検査なし、更新なし、どんな車でも運転できる」、
そして「交通違反でもしなければ無免許がばれることはない。しかし…。」ということですね。』
『よく似ていますね。
もっとも、無免許運転がばれても刑務所に放り込まれたり、倒産することはありませんけど…。』